MUGEプランニングのたまさかブログ

東海・中部地区で落語公演を開催しているオフィスのブログ

【そうなったら、断ります】~雲助たっぷり(4/28)

世間がGWに入る最初の日、4/28は大須演芸場で雲助師匠の独演会。
いつもように雲助師匠が楽屋に入ると、先に入っていた花丸師匠が深々とご挨拶。
今回の助演をお願いした時からずっと恐縮しまくっていた花丸師匠。
その硬いままの雰囲気を和らげようと、雲助師匠が花丸師匠に問いかけました。

「上方の会長選挙、ことしはずいぶんニュースで取り上げられていましたね」
そこからやや和らいだ雰囲気となり、私もその会話に少しだけ参加させて頂きました。

落語協会もこの6月で任期が来ますね」
「そうですねえ。だれになるのやら。副会長がそのまま会長になると思っていたんですが、どうなるのか」
「師匠ももしかして、候補になるかもしれませんよ」
「いや、私はけっこう前に理事を辞めてますから」
「でも国宝におなりになったんで、周りから頼まれるかも」
「ああ・・・・そしたらすぐに断ります」

演芸場の楽屋に、江戸の風が吹きまくっていました。

「牛ほめ」ぼんぼり
お菊の皿」雲助
悋気の独楽」花丸~中入~
居残り佐平次」雲助

次回は11/10です!!

 

桂米紫噺家生活30周年記念公演~二刀流~

桂米紫噺家生活30周年の会を大須演芸場でやろうと決めたのは、1年前の3月でした。
桂米紫という、上方の落語家さんの中でかなり上位のクオリティーを持ちながら、また積極的にいろんな場所に出向きながら、その割に名古屋をはじめとした東海地方に知名度が浸透していない噺家さんの現状を踏まえた時、MUGEプランニングができる事は何なのかを問うて、出した結論が今年4/21の大須演芸場昼夜公演でした。

企画を出した時に意見が一致したのは、「今まで米紫師匠が行なった独演会では絶対企画をしないだろう人選」。名古屋で新しい自分を出してきたいという師匠の意思を汲み取り、それでは古典の他に、米紫師匠が今まであまり取り掛かってこなかった新作の公演もやっての二刀流という、師匠には大変ハードな会の中身となりました。

決定してから1年、思うように盛り上がらない感触に焦り始めていたころ、同じ日、同じ時間に伏見で宮治師匠が出演する会があると聞き、今さらながらに江戸の噺家さんに比べて上方の噺家さんが認知されていない事実を思い知り、ただひたすらじたばたしていた会の半月前、見かねた連れ合いが私に一言だけ言った言葉。

上方落語を名古屋に広めたいと言ったのはあなた。
これくらいの試練は予想できたんじゃないの?」

おっしゃる通り、その通り。
今回何人の方が演芸場にお越し下さるかはわからないけれど、その方が上方落語を好きになってくれればそこから倍々ゲームとなる。そして何年か先に実を結べば、それこそ夢が現実になる。そう思ったら一気に気が楽になりました。

手っ取り早く言うなら、どうにでもなれとケツをまくったあの日から、お客様の数は倍以上の伸びを見せたのでした。

新作の米紫
「オープニングトーク
「マニュアル通りにデートしてみた結果www」米紫
「名探偵コニン」美馬
「二人狐」米紫   中入
「令和が島にやってきた」きよ彦
「落語の迷宮/岬にて」米紫     糸 岡野鏡

古典の米紫
「オープニングトーク
「親子酒(改)きよ彦
「堺飛脚」米紫
長屋の花見」鯉昇~ 中入~
粗忽の釘」鯉昇
「柳田格之進」米紫   糸 岡野

柳田が最後の力を振り絞って刀を振り下ろしたあの瞬間、米紫さんの実力がお客様に深く認識された、そんな気配を舞台袖で感じました。昼夜合わせて6席、しかも最後は50分の熱演。打ち上げで私の目の前には、精も根も尽き果て米紫師匠が座っていました。

私は弱気になった自分を恥じ、「申し訳ございません、そしてお疲れさまでした」と心の中でお詫びをしました。上方落語の逆襲はまだ始まったばかり。一歩一歩、信者を増やす作業はまだまだ続くけれど、今回来て頂いた昼夜合計160人のお客様の心には、しっかりと「桂米紫」が刻まれたことでしょう。
実はそれが一番の収穫だったんだ、私はそう思っています。
ご来場、本当にありがとうございました!

 

【8/3(土)13:30神田松鯉・伯山親子会~→4/30発売開始】

毎年恒例、岐阜での松鯉・伯山親子会。
今年はJR岐阜駅隣接じゅうろくプラザです。
年々チケット入手が困難になっている伯山先生の公演ですが、いつものことながら転売を最大限に防ぐため、ネット販売は行ないません。
「不便だ」「時代遅れ」「PAYも使えない」
ご不満があることは承知をしていますが、MUGEプランニングは手売りにこだわります。そしてそれが、当日のお客様の一体感を生みます。
今年もよろしくおつきあいくださいますよう。

発売日 4/30(火)
mugeplan51@au.com (24時間対応)
07026731203(10~20時)

電話は混み合い、また出られないこともありお勧めしません。
メール環境がない方・不得手な方のみ電話で受け付けます。
チラシのQRコードからライン申込もできますので、メールかラインでお申し込み下さい。。抽選ですので席の指定はできません。
メールの返事が来ましたらチケット予約確定です。
メール・ラインにお名前・ご住所・枚数をメールに書いてお送り下さい。
連休明けにチケットをお送りいたします。
中に郵便振替用紙を入れておきますので郵便局よりお振込み下さい。

 

【4/16 扇々喬々7・雑感】~江戸のまんまを、名古屋で~

喬太郎師匠は、とにかく多忙です。基本的に、学校寄席でも地方の会でも、呼ばれればギャラに関係なく駆けつけるのがスタンスで、それは今でもあまり変わりません。
名古屋では私が公演を行なうようになった15年前にはすでに定期的にお呼びしていた席亭さんが2軒。ただ、大須演芸場にはキャパシティーの問題もあり定期の会はありませんでした。

大須演芸場での定例をお願いするにあたり、私が迷いなくお願いしたのが入船亭扇辰師匠との同期の二人会。それは以前から、二人会はお互いの相性が大事と考えている私にとって最良の組み合わせ。特に毎年この時期、直前に東京で定例の二人会を行なっている関係でその熱気をそのまま名古屋に持ってきていただければ、そんな考えがあったのです。

ただ、今年国立演芸場が建て替えのため閉鎖となり会が6月にずれ込んだことでその流れは断ち切られてしまったのですが、今回はそのためか、東京の会そのまま、いやそれ以上のクオリティー大須演芸場で味わうことができました。

「やかん」辰ぢろ
「死ぬなら今」扇辰
「錦の袈裟」喬太郎 ~中入り~
「侵略指南」喬太郎
「江戸の夢」扇辰

後半の2席は、二人の信頼関係。
どんなにキテレツな噺でちらかしても、あとをしっかり締めてくれるという喬太郎師匠の扇辰師匠に対する信頼感が、この演目に現れています。
とかく地方に来れば、高齢のお客様、一見のお客様をおいてけぼりにするわけにはいかないと、定番の古典を演じる噺家さんがほとんどの中で、名古屋の通のお客様がいつもおっしゃっている願望。
「江戸でやっているそのままを名古屋で聴きたい」
今回の四席の流れは、その願望に応えることができたかな、そんな気持ちでお客様を送り出すことができました。ご来場、ありがとうございました。

 

【野暮を承知のご挨拶】~4/13 神田伯山長野独演会 雑感~

この日を前に、私が心に決めていたことがありました。
ここのところの独演会で、伯山先生が気になされていること、それは携帯。
今までも細心の注意を払い、お客様にかげマイクでしつこいほどに放送をしてもなお、鳴っていたことで、伯山先生の演目に支障が出ていた事実。
私の公演以外でも、名古屋の通し読みや地方の大ホールで響き渡っていたことを聞き、今回の長野では絶対に鳴らさせない、じゃあどうするか。考えた結果を今日試す。

いつものように地元ならではの食事をと到着してすぐお蕎麦屋さんでそばを手繰り、楽屋にご案内。物販の本にサインをし、舞台チェックも終わり、開場。
神田伯山長野独演会。チケットはもちろん完売。
二番太鼓を早めに鳴らし、開演5分前、私は意を決して幕前へ出ていきました。

「本日はご来場ありがとうございます。先ほど陰マイクでもご説明いたしましたが、もう一度携帯電話の件、お願いに参りました」

「講談にとって携帯が鳴るのは死活問題です。物語のクライマックスでなった瞬間、お客様はいっぺんに現実に引き戻されてしまうのです・・・・」

たぶん400弱のお客様の9割は耳にタコができるほど聞いたであろうセリフを、今さらながらお客様に言っている自分。その姿をもう一人の自分がとても冷めた目で見ている。

「野暮だねえ。粋じゃないよ」

わかってるよ。こんなこと、わざわざ言いに出てくるなんて野暮さ。
でもな、野暮は承知。たとえ390人がそう思ったとしても、1人でも2人でも鳴らす可能性のある人がいるなら、その人に向かって問いかけないといけないんだよ」

そう思いながら「切り方がわからない人、スタッフが向かいます。正直におっしゃってください」というと、驚くなかれ10人以上の人が手を上げる。

「特に今のスマホは、切り方がわかりにくくなっていますから・・・。
右か左のボタンを長押しして、それから画面に出ているボタンを・・・
それでも切り方がわからない人は、携帯を預かります!!!」

何度も何度も念押しして、ソデに引き上げてきた私の手は汗だらけ。
やることはやったけど、本当に鳴らないか。これでも鳴ったらお手上げ…。
そんな気持ちの収まらないうちに、開演の幕はあがりました。

雷電初土俵」若之丞
「出世浄瑠璃」伯山
「万両婿」伯山~中入り~
「無筆の出世」伯山

公演中、受付に行ってみると机の上に携帯が4台。
きけばどうしても切り方がわからないから預けると言われたと、
そのうちの一台は、切る画面が出てこないのでボイス機能を使い、「携帯の電源を切りたいです」と言ったら画面が出て事なきを得ましたが、あとの二台はとうとう切ることができませんでした。それはなぜか。

携帯を切ろうとするとロック画面が出て
パスワードを要求されるから

なのです。しかもそのパスワードをご本人がご存じない、とのこと。
そうだったのか!と改めて思いました。ご年配の方に携帯を持たせるときはご本人が間違って電源を落として連絡が取れなくなることを防ぐためご家族の方がロックをかけているパターンがあるんだ。、なるほど、それであれば本人は消したくても消せないのか・・・。

今まで、ご年配の方の携帯に対する意識が若い人に比べて低い、あるいは切り方を知らないだけ、自分はそう思い込んでいましたが切りたくても切れないパターンがあるんだということを知って本当に勉強になりました。

そしてその甲斐あって?

携帯は鳴りませんでした。嬉しかったです。次回の伯山先生公演は8月、場所は岐阜。
今回の成功体験を踏まえ、次回からも幕前に出るか?

・・・・それはあと3ヶ月、ゆっくり考えたいと思います。

 

【碓氷峠の思い出】~3/24鉄道落語会雑感~

田舎は、長野県。それも国鉄の駅ではなく。長野電鉄の終着駅。
湯治に来るのはいいかもしれないけれど、その頃の東京なんて夢のまた夢。
そんな僻地に住んでいたのに、わずか13歳で東京に行く羽目に。
今では考えられない環境の寮で、中学高校を過ごした。

一年に三回、帰省する。夏休みと、冬休みと、春休み。
その時には長野電鉄国鉄が乗り入れをしていた急行が一本だけあったから、それに何度も乗った。東京から、横川へ、標高差があるため機関車を連結する。その時間を利用し、乗客が我先にと「峠の釜めし」を買うのを見ていた。

横川の駅では、3両に一人ぐらい売り子さんがいて、そこに並んで釜めしを買うのだが、私は一度もそこに並んだことがない。釜めしそのものがあまり好きではなかったこともあるが、みんなが釜めしを買うそのホームの端で暇そうにしている売り子さんのもとに行き、「鳥もも弁当」を買う。自分の所に来る中学生にいつも嬉しそうに弁当を差し出す売り子さんの笑顔が見たくて、買っていたような気もする。

その碓氷峠が落語になっていることは前から知っていた。
でもなかなか聞く機会がなかったから、去年初めてお仕事をさせて頂いた小ゑん師匠に思い切って頼んでみた。「恨みの碓井峠」来年やって下さいませんか、と。

「あの噺、マニアックだけれど大丈夫?」
「大丈夫です。名古屋のファンはそのへん、問題ないです」

そう約束して頂いてから1年後。とうとうその日がやってきた。
私は全ての用事を片付けて、舞台裏の定位置でフルバージョンを堪能した。

「フリートーク&フォトグラフィー」
「酔い鉄」梅團治 ~中入り~
「1時間59分」獅鉄
「恨みの碓井峠」小ゑん

岐阜に移り住んで約18年。もう実家はなくなってしまったけれど、小ゑん師匠の高座から、あの時代の匂いが漂ってくる。

落語っていいなあ。素敵だなあ。
この仕事、やってよかったなあ。

還暦を迎えてなお、45年前のことを懐かしむことができた一日でした。

 

【ぼんぼりとゆかいな仲間たち】~3/17長野 桃月庵白酒独演会~

白酒師匠は、二つ目時代の喜助の頃からよくお呼びしました。
人当たりの良い本当に人格者で、師匠である雲助師匠の一番弟子として、のびのび育てられた感じが窺えました。お弟子さんは4人で、3人はもう二つ目、唯一前座として残っているのが地元、長野市出身のぼんぼりさんでした。

主催の文芸座さんにその旨を話すと、ぜひお知り合いに来ていただきたい!ということで信濃毎日新聞に取材を頼んだりしていましたが、その中で一番動いてくれたのが高校時代の野球部のチームメイト。特にチームのエースピッチャーが地元のテレビ局に就職した縁もあり、今回たくさんのぼんぼり仲間が会場に詰め掛け、前座で出てきた時のぼんぼりくんの高座は、それはそれは硬い硬いものでした。
そのあとに出てきた白酒師匠の第一声が冒頭のセリフ。

「本日は、ぼんぼりとゆかいな仲間たち、にご来場誠にありがとうございます」

ご両親、96歳のおばあちゃん、親戚が客席にいる気分ってどうなんだろう、と白酒師匠、はるか昔の自分の姿を思い出していたかのようでした。
それでもマクラを長めに振って選んだ3席は、ほぼ満員の長野のお客様が十分に満足できるほどの完成度でした。

「子ほめ」ぼんぼり
「代書屋」白酒
「笠碁」白酒~中入り~
「寝床」白酒

終演後、片づけを終えて楽屋の前までくると、通るところもないほどクラスメイトと野球部の仲間がぼんぼりくんを取り囲んでいました。嬉しそうなその顔がなんとも印象的な、長野公演となりました。

「今度来るときは、二つ目の時かな、でもそれはまだ早いとなれば真打昇進か」
「はい、それまでにもっと成長しておきます」
「でも、真打まで生きていられるかわからないからなあ」
「生きてくれなきゃ困ります!」