この日を前に、私が心に決めていたことがありました。
ここのところの独演会で、伯山先生が気になされていること、それは携帯。
今までも細心の注意を払い、お客様にかげマイクでしつこいほどに放送をしてもなお、鳴っていたことで、伯山先生の演目に支障が出ていた事実。
私の公演以外でも、名古屋の通し読みや地方の大ホールで響き渡っていたことを聞き、今回の長野では絶対に鳴らさせない、じゃあどうするか。考えた結果を今日試す。
いつものように地元ならではの食事をと到着してすぐお蕎麦屋さんでそばを手繰り、楽屋にご案内。物販の本にサインをし、舞台チェックも終わり、開場。
神田伯山長野独演会。チケットはもちろん完売。
二番太鼓を早めに鳴らし、開演5分前、私は意を決して幕前へ出ていきました。
「本日はご来場ありがとうございます。先ほど陰マイクでもご説明いたしましたが、もう一度携帯電話の件、お願いに参りました」
「講談にとって携帯が鳴るのは死活問題です。物語のクライマックスでなった瞬間、お客様はいっぺんに現実に引き戻されてしまうのです・・・・」
たぶん400弱のお客様の9割は耳にタコができるほど聞いたであろうセリフを、今さらながらお客様に言っている自分。その姿をもう一人の自分がとても冷めた目で見ている。
「野暮だねえ。粋じゃないよ」
わかってるよ。こんなこと、わざわざ言いに出てくるなんて野暮さ。
でもな、野暮は承知。たとえ390人がそう思ったとしても、1人でも2人でも鳴らす可能性のある人がいるなら、その人に向かって問いかけないといけないんだよ」
そう思いながら「切り方がわからない人、スタッフが向かいます。正直におっしゃってください」というと、驚くなかれ10人以上の人が手を上げる。
「特に今のスマホは、切り方がわかりにくくなっていますから・・・。
右か左のボタンを長押しして、それから画面に出ているボタンを・・・
それでも切り方がわからない人は、携帯を預かります!!!」
何度も何度も念押しして、ソデに引き上げてきた私の手は汗だらけ。
やることはやったけど、本当に鳴らないか。これでも鳴ったらお手上げ…。
そんな気持ちの収まらないうちに、開演の幕はあがりました。
「雷電の初土俵」若之丞
「出世浄瑠璃」伯山
「万両婿」伯山~中入り~
「無筆の出世」伯山
公演中、受付に行ってみると机の上に携帯が4台。
きけばどうしても切り方がわからないから預けると言われたと、
そのうちの一台は、切る画面が出てこないのでボイス機能を使い、「携帯の電源を切りたいです」と言ったら画面が出て事なきを得ましたが、あとの二台はとうとう切ることができませんでした。それはなぜか。
携帯を切ろうとするとロック画面が出て
パスワードを要求されるから
なのです。しかもそのパスワードをご本人がご存じない、とのこと。
そうだったのか!と改めて思いました。ご年配の方に携帯を持たせるときはご本人が間違って電源を落として連絡が取れなくなることを防ぐためご家族の方がロックをかけているパターンがあるんだ。、なるほど、それであれば本人は消したくても消せないのか・・・。
今まで、ご年配の方の携帯に対する意識が若い人に比べて低い、あるいは切り方を知らないだけ、自分はそう思い込んでいましたが切りたくても切れないパターンがあるんだということを知って本当に勉強になりました。
そしてその甲斐あって?
携帯は鳴りませんでした。嬉しかったです。次回の伯山先生公演は8月、場所は岐阜。
今回の成功体験を踏まえ、次回からも幕前に出るか?
・・・・それはあと3ヶ月、ゆっくり考えたいと思います。